行政×大学が挑む「移行期医療」の新たなスタンダード
― 医療と社会をつなぐ、医師キャリアの新しい可能性

三重大学大学院医学系研究科
循環器内科 助教 荻原 義人

循環器内科医。肺高血圧症や静脈血栓塞栓症の専門家。成人先天性心疾患(ACHD)患者の診療を通じて「小児科と成人科の狭間」にある課題を痛感。三重県移行期医療学講座の立ち上げに尽力し、地域全体のネットワーク作りに奔走している。

三重大学大学院医学系研究科
神経病態内科学 助教 西垣 明哲

脳神経内科医。脳卒中などの急性期診療を経て、現在はてんかんや筋ジストロフィー、先天性代謝疾患など、長期的なケアが必要な神経疾患を専門とする。小児科医と連携しながら、患者のライフステージ全体を見据えた診療体制の構築に挑む。

インタビュー動画

1.医療が進歩したから生まれた「課題」
小児科以外に行き場がない患者を誰が支えるか

  • 荻原医師

    私が専門とする循環器内科の領域では、かつては成人を迎えることが難しかった「先天性心疾患」の子どもたちが大人になれる時代が来ました。医療技術の進歩のおかげであり、本当に喜ばしいことです。一方で、「大人になった彼・彼女らを、誰がどう診ていくのか」という新しい課題が生まれました。

  • 西垣医師

    脳神経内科の領域も全く同じ状況です。例えば「てんかん」の患者さんの場合、発作のコントロールを小児科でスムーズに行えても、成長に伴って、就職や運転免許の取得、あるいは妊娠・出産といったライフイベントが訪れます。そこで、小児期にはなかった新たな悩みに直面することになります。

  • 荻原医師

    そうですね。年齢を重ねれば、不整脈や心不全のリスクが上がり、糖尿病など生活習慣病を患うこともあります。本来なら、そこからが私たちの出番です。ただ、まだ彼・彼女らを受け持つことができる医師は少なく、小児科の先生方が抱え込まざるを得ない状況が続いています。しかし、小児科医にとって成人の病態管理は専門領域から離れますから、診療を続けるのは難しいのではないかと感じています。

  • 西垣医師

    患者さんのライフイベントの課題に対して、小児科医だけでの対応には限界がありますよね。しかし、いざ成人診療科へ移ろうとしても、患者さんは10年、20年と診てもらった先生から離れることに強い不安を感じてしまう。その結果、成人科で受診しても、「やっぱり前の先生がいい」と戻ってしまったり、最悪の場合は通院を中止してしまったりするケースがあります。これは大きな課題ですから、各医師の個人的な頑張りに頼るのではなく、「移行期医療」をシステムとして整えることが解決策の一つになると考えています。

2.診察室で感じる「文化の違い」
医師の意識改革と患者の自立支援の必要性

  • 西垣医師

    私もシステム化が重要だと思うのですが、構築する上での障壁は、小児科と成人科の「診療文化」の違いです。私たち成人科医が移行期の患者さんを受け入れ、診察する際に戸惑うのは「誰と話すか」という点です。

  • 荻原医師

    よくある光景ですね。「ご本人はどうしたいですか?」と意向を訪ねた際、心配された保護者の方が答えてしまう場面でしょうか。

  • 西垣医師

    そうです。成人科の外来では、基本的に患者さん本人と対話し、治療方針を決定しますから、このコミュニケーション方法の違いに、多くの成人科医は「どう関われば良いのだろう」と身構えてしまいがちです。

  • 荻原医師

    もちろん患者さんに非はありません。小児科での習慣が続いているだけですから。だからこそ、移行期医療は単なる「転科」ではないということです。保護者任せにするのではなく、本人が自分の病気を正しく理解し、薬を管理できるようにするといった、教育的な側面を持ったアプローチも必要なのではないでしょうか。私はこれが患者さんに対する「自立支援」だと思っています。転科と自立支援がセットで行われると、スムーズな移行に繋がります。

  • 西垣医師

    同時に、受け入れる私たち医師も変わらないといけません。臓器別の専門性が高い成人医療では、「専門外のことは他科へ」と割り切りがちですが、命に関わる難病を乗り越えてこられた患者さんや家族は「信頼できる先生に総合的に診てほしい」との思いがあります。

  • 荻原医師

    おっしゃる通りです。そこで突き放すのではなく、かかりつけ医や他科と連携してコーディネートする柔軟性が、移行期医療に従事する医師に求められていると思います。

3.全国に先駆けた寄附講座
「三重県移行期医療学講座」の挑戦

  • 荻原医師

    この課題を仕組みで解決する目的で、2025年8月1日に新設されたのが「三重県移行期医療学講座」です。三重県からの寄附で運営される講座で、2030年までの期間、県と大学がタッグを組み、仕組み作りに挑みます。全国的にも非常に先進的なプロジェクトです。

  • 西垣医師

    目標は、移行期医療に従事する医師の確保・育成と、小児科・成人科が連携した診療体制の構築です。研究会レベルではなく、県が年間数千万円規模の予算を投じてバックアップしてくれます。「三重県民のため、移行期医療の体制を確立してほしい」という強い意志と、私たちへの期待を感じています。

  • 荻原医師

    現在は私たちを含む3人の医師が担当教員として着任し、先行する千葉県の事例を視察しながら、三重県の実情に合った仕組みを整えているところです。具体的には、県内の地域医療機関で移行期医療推進委員を選定し、小児科と成人診療科が連携しやすいネットワークづくりを進めています。あわせて医療機関だけでなく、福祉機関との連携も広げていく予定です。こうした連携を実際に機能させるためには、患者さん・家族・医療者・福祉の橋渡しを担う移行期医療コーディネーターの育成が不可欠であり、その体制づくりも進めています。院内では成人診療科全体に呼びかけてワーキンググループを立ち上げ、移行期支援を急ぐ具体的な事例をモデルケースとして検討しながら、日々の診療の中で実際に移行期医療を実践しています。こうした取り組みは、寄附講座という公的な「器」ができたことで、県内の主要病院や行政との連携が格段に進めやすくなりました。

  • 西垣医師

    このプロジェクトの面白さは、三重県という「規模感」にもあると思っています。大都市だと医療機関が多すぎて連携が複雑になりがちですが、三重県の規模であれば県内の主要病院や行政、地域の医師と「顔の見える関係」の中で緊密なネットワークを築くことができます。
    「県内全域」を一つのチームとして捉え、ダイナミックに医療体制を再編していく。作り上げられたレールに乗るのではなく、私たちの手で「移行期医療の新しいスタンダード」を創り上げていくフェーズに関われるのは、医師のキャリアにおいても、非常に得がたい経験になるはずです。

4.専門性を「武器」に「人生」を診る。
医療と社会をつなぐ、新しい医師の働き方

  • 荻原医師

    移行期医療で重要なのは、特定の専門知識だけではないということを知ってほしいです。むしろ求められているのは、病気そのものだけでなく、患者さんの就労や結婚、日々の生活なといった「人生全体」を見る視点です。

  • 西垣医師

    専門医としてのスキルは必要ですが、もう一段階、患者さんの社会生活にまで想像力を巡らせることができるかどうか。いわば「医療の専門性を持ったジェネラリストのマインド」が、この分野で力を発揮する鍵になります。小児科、成人科、地域のかかりつけ医、そして行政や福祉のコーディネーター。それぞれの歯車をうまく噛み合わせて、患者さんが安心して人生を歩めるよう調整する役割とも言えます。

  • 荻原医師

    その通りだと思います。単に患者さんを診るだけでなく、医療と社会をつなぐことを通じて、地域の医療体制そのものを改革する一助となれる。そこが、この仕事の魅力ではないでしょうか。

  • 西垣医師

    自分とは縁遠いと思われるかもしれませんが、この分野に向いていない医師はいないと思っています。複雑なパズルを多職種と連携して解き明かし、患者さんの人生を支える仕組みをつくっていく過程は、医師としての知的好奇心を強く刺激される体験となるはずです。まずは気軽に話を聞きに来ていただき、少しでも興味を持っていただけたなら、ぜひ力を貸してほしいと思います。自分の専門領域を活かして、地域医療のあり方を変えてみたい―。そんな熱意ある先生方と一緒に、移行期医療という新しいフィールドを切り拓いていけることを楽しみにしています。

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